2013年05月20日

明治32年春場所千秋楽 (朝日新聞/明治32.1.20)


○回向院大相撲
・昨十九日(十日目)幕下力士が出世の関ヶ原とて好角家はかえって早朝より観物に赴き、相応の入りを占めたり。
照日山野州山は、苦なく突き出して野州の勝。
立嵐大戸川は、素首落としでの勝。
朝日龍八ツ若は、の二本に拘わらず首投げにての勝。
嵐山緑島は、右差しにて寄り切りの勝。
最上山朝日嶽は相四ツにて釣り合い、釣っての勝。
荒鷲小武蔵は、左相四ツにて釣れば小武足癖にて防ぎ、勝負付かずして引分。
玉ヶ崎は、勢い引落しとの左を取るや反対に引落されての負け。
錦山岩ノ森は、引落しての勝。
梅錦熊ヶ嶽は、左を取って一本に行きしが潰れての負け。
荒雲大嶽は、左四つにては内掛にて巻き倒さんとするを、切っ返しての勝。
栄鶴淀川は、の左筈を撓めて揉み合いの左差しにて挑みし時の横腹の腫物より出血して分となる。
宮ノ浦緑川は、右相四つにて挑み勝負付かずして引分。
鶴ノ音金山は、突き合い突き出しての勝。
鬼竜山は、出鼻をハタキたるが潜って抜けたるよりの腰砕けて負。
谷ノ川高見山は、左四ツにてアセッテ押詰めもたれて潰さんとせしよりはウッチャリて勝を占む。
・(中入後)梅ノ矢平岩の左差しをは引掛け投げを打ちたるより踏み切っての勝。
千田川磯千鳥は、のハタキを引き外し潜って左外枠に取って押し出しの勝。
駒勇尼ヶ崎は、のハタキ残しては右を差し捻っての勝。
橋立小西川は、の左差しを引掛け左に敵の右足を取り、渡し込んでの勝。
有明浪花崎は、突張って浪花の勝。
國見山成瀬川、右四ツ下手にての勝。
・(是より三役)鳴門龍高千穂は突き合い左差しの寄りにて鳴門の勝。
淡路洋利根川は、突き出しての勝は呆気なし。
松ノ風八剣は左四ツの釣りにて八剣の勝ち、弓取は霧島代理して目出たく千秋楽となりたり。

○力士にくまれ評
・十日間の大場所、観客の種類は官吏や商人や書生や職人や農夫や婦人もあれば子供もある、そのにくまれ口を手帳に書き留め置きたればここに少しく掲ぐる事としぬ、人として一の癖はあるものよ力士にもまた短所あり欠点あり、贔屓の人々怒り給いそ。
・山田君常陸山の力量は凄まじいもんぢゃね、立上がって左四ツとなって投を打ったで梅ノ谷の体が斜になったのを再び投を打って相手の体の浮いたのをそのまま寄って勝を占むるに至った技倆の如きは実に神出鬼没ちうても可ぢゃで、しかれどもぢゃ彼は近来大いに慢心しちょるね、軽敵にも土俵を譲って見せたり或いは何処からでも来いちうような風を示すのはいかにも小面憎く見えるぢゃないか、これが大関横綱の資格でもあれば格別ぢゃが彼常陸の如きはいまだ全く声望の相添わざる分際でもって生効きぢゃわい、君の意見は如何ぢゃ。
・やれやれどえらいもんぢゃにゃあかい、あれが梅ノ谷関や、我が村の鎮守様の仁王どんよりも大かんべいが人は外観によらにゃあもんだぞ、何故ちうと見い、あの関は相手の隙さあ見つけるとすぐに立上がって勝とうとするぢゃにゃあかい、あれがハア三役のお相撲に出来る事かい、アレ誰ぢゃ汝かいみかんの皮さあ我に投げつけたのは、効かぬぞ効かぬぞ茶枯者め。
・ちょいとあなた朝汐さんは卑怯です事ねえ、いつでも待ったを何回もして相手が怒って武者振りついてくると自分から負ける事があるんですよ、オヤオヤご覧なさいよ本年は余程直しましたねえ嬉しい。
・如何でげす横綱の小錦は例に依って例の如く小量でげすね、不侫は至極贔屓に致して居りやすがあの男の取口がな実にどうもこう軽率でげして一時に敵を倒そうと致しやすからいつでも不覚を取りやす、もう少し泰然自若と致しておりやせんと第一大関の貫目にも関係しやす、彼もな風の噂に聞きますると何とやら申す女部屋の養子とかに相なるそうで相撲道の熱心が薄らいだと申します、惜しいもんぢゃあげえせんか養子なぞは「ヨウシ」にしたらよいでしょうにス。
・へん可笑しく無愛嬌の力士ぢゃねえかい大砲だか電報だか知らねえが余り早過ぎて呆気なくって面白え事も何ともありゃあしねえ、立ち端に二本を突き出してよ取り組むとすぐに分けを待つのがちゃんと御面相に見えすいていやあがる、人をつッけ馬鹿馬鹿しいせめて二三度くらい仕掛けろよ関脇なら、もし言う事を聞かなけれりゃあこのお兄ィさんが承加しねえぞ野郎め。
・わたし海山が贔屓よ、あの人は土佐の江野口の生まれよ、元は大阪にいたのですが板垣伯に勧められて東京に来たのですとさ、好力士だけれどもねお酒が好きだから困るわ、今日も御覧なさいよ晴れの場だというに酩酊してるでしょう、ワインなんかを飲んで土俵へ出てはいけないのね、勝とうと思ったってイムポシブルよ。
大蛇潟玉ノ井に至っては僕は甚だその意を得んぞ、その場に入るや必ず待ったの十数回を行いよる、いやしくも人気の衰頽を挽回せんと欲せば須らくこの悪癖を除去すべしだチェストー!
小松山は高慢くさい顔をしてきっと四方を見回すがの、あれは宜しくない癖ぢゃの、貴公何と思う。
若湊にも悪い癖がありますね、もう叶わぬと思うと力を抜いてしまいますが負けるまで耐えていたらいかがなものでしょうか。
・お父さん僕は横車は嫌いさ、四ツ身になると相手の肩の上へ顎を載せてニコニコ笑うよ、何だか相手を軽蔑しているように見えるねえ、そのくせあんまり勝ちもしないよ。
・もしお隣席の御隠居さん、わたしはこの通り歯も抜けて本年七十になりますが高ノ戸のような妙な力士は御座いましぇんね、たとい正面では誰にも叶わぬしぇよ自分から跳ね出て負けるのは可笑しう御座いましゅねハハハ。
・吾輩は小説の材料にもと参考に来観したのである、力士両三名の批評を試みる事はあえて無益の業であるまいと思う、不知火は仕事は巧みだが立ちが悪い、また勝手が悪いとごまかして待ったをいうが幕の行いとしては不似合いである、谷ノ音は仕切り方は隨一だが敵に寄られて詰め間近くなると渡って防ぐ事は容易にせず自ら力を抜く事がある、幕下では八剣は怒りっぽい、谷ノ川はノンキ、松ノ風は壺口目バタキ、鶴ノ音はニヤニヤ笑う、國見山は遊び相撲、は上目を使う、一人も理想に合うは無いのである。
○好角同士会の相撲
・再三再四記載したる同会の興行相撲はいよいよ今日よりの前橋と及び横浜を打ち上げたるのち来月十日初日回向院に於て五日間興行する事となりたるが、未だ力士との交渉まちまちにて中には不平の連中もあれば、ことによると東西分離して西方が三日間取れば東方が二日間取るようになるやも知れずという。

千秋楽は十両以下だけの取組、こんな日でも相撲マニアは明日の花形力士を見つけるために続々と集まってきます。鬼竜山・八剣・高見山が勝ってそれぞれ7勝目。今場所は十両上位が揃って好成績のため誰が昇進できるか予測が難しいです。逆に幕内下位で大負けした稲瀬川・鬼鹿毛あたりは最近の傾向から十両陥落を覚悟しなければなりません。記事の方は、にくまれ評として色々な庶民が好き勝手に批評しています(;・ω・)当時の観客の様子が少し垣間見れて面白いです。最後の作家の人はずいぶん難癖をつけてくれていますが、もし双葉山がこの時代にいれば、理想の力士と言われたかも知れませんね。
明治32年春場所星取表
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2013年05月12日

明治32年春場所九日目 (朝日新聞/明治32.1.19)


○回向院大相撲
・昨日(九日目)の同相撲は好角家の希望する好取組多かりしかば午前十一時には早や客止めとなりたり。
國初小石崎は、左四つにて空き手は巻き合いやがて小石は出臀を伸ばし寄切って小石の勝ち。
磯千鳥鷲ヶ濱は、は右前袋を取るやはその手を撓めつつ寄っての勝は案外なりし。
立神梅ノ矢は、左四ツにて櫓に懸け立神土俵外へ置き去らる。
西郷千田川は、右を差し西は左に敵の首を巻き右に横ミツを取って掛けもたれに行くをは詰めにて耐え、かえって登りてもたれしより西は腰砕けて仰向きに倒る。
小緑浪花崎は、右四ツとなり又浪花二本差しとなり互いに釣り合いの一点にて双方取り疲れて引分はあまり感心せず。
霧島小西川は、突き合い小西の出鼻を払いての勝は見る間もなかりし。
岩戸川橋立は、は右に後ろミツを取るや廻ってすぐ左前袋を曳きて持ち出さんとするより、左を首に巻きて防ぎし甲斐なくそのまま持ち出されての負は跪りし。
利根川鳴瀬川は、右を差しはその手を巻き右を矢筈にかけて押切らんとするより、は殺して効かせず遂に取り疲れて引分。
淀川高千穂は、に突き出す左を引落しての勝は素早かりし。
尼ヶ崎國見山は幕下の好取組にて、は出鼻を手繰って一本背負を試みしがは右を深く差して効かせず右四ツになり、が釣っての負け。
荒雲鳴戸龍は、の右を撓め蹴返しての勝。
有明淡路洋は、有淡の二本差しを閂に絞り、押出しての勝は力いっぱい。
天ツ風金山は、天ツ敵の左を泉川に懸けて撓め出したり。
鬼竜山鬼鹿毛は、突き合い突っ張って鬼竜の勝ち。
頂キ八剣は、右四ツにて左上手後ろミツを取るやいな持ち出しての勝は大元気なり。
響升谷ノ川は、右四つに挑みちょっと左を外枠に渡して寄り倒しの勝は幕相撲の技倆あり。
大見崎玉ノ井は、大見突きて踏みきりて団扇の大見に上がりしが、の足未だ踏切らぬ先に団扇を上げしとて横車の苦情を言い出したるより各検査員協議の末預りとなる、星は大見崎
外ノ海横車は、の左を以ては巻きは突張りて土俵の中央に突っ立たるまま五寸も動かずあたかも寝ている如くなりしより水となり、のち釣りもたれてに団扇の上がりしが、はウッチャリしとて物言い付きて丸預かり。
北海海山は、の左の差し上手下手に取りの左筈をは防ぎて上手を効かせず水となり、のちから上手投を打ってみごとの勝は大相撲なりし。
黒岩大蛇潟は、左相四ツにて挑み釣り身に行きしが体を落として防ぐ一方にて水となり、のちより二度釣りを見せて引分はの独り働きなりし。
出来山谷ノ音は、立ち上り右を首に懸け例のかわずに行くを出来踏ん張り効かせずして廻り込みたればの体先に落ちて負けとなる、とかくはかわずにて仕損じること多し。
常陸山梅ノ谷は、両力士の一挙一動は満場観客の注目する所となり、一斉に鬨の声を上げ拍手音絶えざるうちに両力士は念入りに仕切り双方化粧立ち二三回にして立ち上り、左四ツとなり投げを打ちては体斜めになりしが廻り込んで耐えたるも再び投げを打ち、体の浮きしをそのまま寄っての勝は場中大喝采にて、衣服その他の纏頭にて土俵を埋めしうえ時事新報の化粧廻しは遂に同人の占むる所となりたり。
小錦大砲は、は右上手にミツを引き左を筈にかい、は右を巻き左は筈の二の腕を殺して捻らんとすれどは耐えて効かせず水となり、のち暫時揉み合い引分は大相撲なりし。

○好角同志会の相撲
・同会に於て大相撲を催す由は前号の紙上に掲げたるが、その場所は芝公園内旧弥生館構内の相撲場を以てせんとし目下奔走中なり、されば日限の程も未定なれど場所決定の上は東西両関ともに出場の筈なりという。

幕内最終日の九日目、梅・常陸の土付かず同士の大一番が組まれて満員です。新十両國見山は幕下尼ヶ崎を吊り出して5勝目。尼ヶ崎ものちに幕内へ上がってくる力士で、この取組も有望力士同士の対戦と目されていた様子です。入幕を狙う谷ノ川は響舛を渡し込むように寄り倒して7勝目。昇進がかなり有望になりました。響舛は元関脇の実力者ですが幕内下位に下がって7敗目、次場所は出場せず土俵を去ることになりますのでこれが本場所では最後の取組となりました。さて梅・常陸の大一番は投げから寄りを見せて常陸山が勝利、幕内最優秀成績で化粧廻しが贈られました。新入幕ながら前頭4枚目に据えられ、土付かずで初優勝を飾るという規格外の大力士ぶりです。横綱小錦は大砲と引き分け、今場所6勝したものの役力士との対戦でもう少し存在感を示したかったところです。
明治32年春場所星取表
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2013年05月07日

明治32年春場所八日目 (朝日新聞/明治32.1.17)


○回向院大相撲
・昨十六日(八日目)は午前十時頃すでに客止めとなり、花道はもちろん力士溜りさえ観客割り込みて実に寸地を余さず、足を踏み頭を越えて通行する程の雑踏にてありし。
嵐山大戸川は、左を差して寄り切りの勝。
綾渡小武蔵は、左四ツにて互いに右足を取りて釣り倒さんとクルクル廻って遂に小武の勝を占めたるは毎度面白き相撲にてありし。
栄鶴緑島は、の右差しをは上手に巻き、空き手は殺し合いの出し投げを危うく残し寄る鼻を捨て身にての勝は見事なりし。
朝日龍岩ノ森は、突き出しでの勝は呆気なし。
荒鷲八ツ若は、左を差して寄るを頭捻りにての勝は当然。
立花玉ヶ崎は、左を差して寄りは支うる力なく負。
最上山大嶽は、左相四ツにて足癖を試みしが伸びて効かせず、遂に寄り倒して最上の勝。
照日山熊ヶ嶽は、の左差し右筈にかえばは右を絞りて左をのど輪に当て押切ての勝は力づく。
野州山緑川は、二本を差しは上手二本に横ミツを取って挑み、釣り身に行くを振っての勝は面白し。
鶴ノ音錦山は、左四ツにて寄り切りの勝も呆気なし。
朝日嶽御阪山は、は左を差しは左を筈にかい右を巻きは上手を打ち、残されてまた出し投げを打ちしが、朝日は辛く残しすぐに釣っての勝は見栄えありし。
高見山稲瀬川は、敵の左を取って泉川に懸け一斉に押し切らんとすれば、は踏張って耐える余地なく腰砕けての勝ち、これにても入幕の回復も出来しならん。
當り矢増田川は、烈しく突き合い二本を突き込み寄り倒しての勝。
松ヶ関八剣は、右相四ツにて水となり、のち取り疲れて引分。
小松山千年川は、小松右を差し寄るを渡って残し、右を突き込み相四ツとなりて暫時挑み、より寄り身に行く出鼻を捻って小松の勝はこれ迄の出来なり。
高ノ戸越ヶ嶽は、の右二の腕を支えて防ぎ左は筈にかって受け身となりしが、はそのまま押し切らんとする勢いの烈しければ、外さんと逃げ身に飛び去り自ら跳ね出でての負けは毎度ある失敗、少しく慎むべし。
狭布里稲川は、右四ツにて挑み差し手を抜き右筈にて押切らんと体を引く途端に寄り返したれば再び右を強く突き込みしが、ここに隙ありては右外掛けにもたれての勝ち。
不知火若湊は、待った数回にて例のドッコイと立ち上り、行司の団扇を上げるやいな一突きに突出してドンと言えば不知は未だ立たずと主張せしより紛議起こり、各検査員総立ちとなりて東西へ交渉の末無勝負に落着したり、詳解せば病気休み同様星取に算入せざるなり。
谷ノ音源氏山突き手を撓めんとするもは払ってすぐ左より右四つとなりより右上手を打ちしが、踏張って効かせず、またより上手を打って足癖にて防ぎつつ同体に落ちしが、より仕掛たる角力なれば団扇はに上りたるが物言い付きて預り。
鬼ヶ谷逆鉾は、の左を手繰ればは預けて突き出しての勝ち。
大砲朝汐は、は左を差し左は敵の差し手を防ぎて揉み、のちは猿臂を伸ばして左を差し右前袋を取らんとするもは引き外して攻め合い水となり、のち暫時挑みしが勝負付かずして引分は大相撲なりし。
・中入後、鬼竜山金山は、突き合いの左を引張りは耐えて廻る途端、腰砕けて尻もちを突く。
谷ノ川天ツ風は、左四ツにて挑み釣り身にて寄るを天ツ詰めを渡って危うく残したるも、浮き身にて体の据わらざればたちまち寄られの勝ち。

引き続き大入りの八日目です。幕下の綾渡vs小武蔵はお互いに足を取り合ってクルクル回るという珍相撲、力士の体格が肥満していなかった時代ならではです。不知火vs若湊は、立合いが成立したかどうかで揉めてしまいました、仮に不成立であれば取組が始まっていないことになるので預かりという裁定にもならず、結局取組そのものが無かったことにされてしまいました(;・ω・)両者とも土俵に上がっているのに「や」となってしまった珍しいケースです。逆鉾は速い攻めで6勝目、体重80kgほどの小兵ながら関脇として堂々たる成績を残しています。
明治32年春場所星取表
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2013年05月01日

明治32年春場所七日目 (朝日新聞/明治32.1.16)


○回向院大相撲
・昨日(七日目)は日曜日と藪入日のかちあいし事とて各桟敷朝のうちに売切れとなり九時頃には客止めの好景気なりし。
平岩國見山は、出鼻を突くと見せの右を繰って一本背負に行きしが、は上から左の猿臂を伸ばし後ろ縦ミツを取て釣り上げんとするからは仕損じたりと体をかわして相四ツとなりて防ぎしを、は無造作に釣って持ち出したり。
淀川小西川は、左四ツにて平押しに寄り小西は押詰められしも、ここを先途と耐えしよりはもたれ込んで勝ちしと思いの外か、自分に踏越しあって小西の勝には落胆せり。
鳴門龍浪花崎は、の突き一点張りに始終受け身となりて遂に土俵を割る。
荒雲淡路洋は、の突掛けをは受けながらはたき込まんとすればの僥倖は頭髪なく滑らかなるより自然と残りてすぐ突き出しての勝は大出来なり。
金山有明は、は二本を差しは上手ミツを取って挑む間もなく、は右の差し手を脱し巻き倒しての勝。
高見山嶽ノ越は、の左を引張り込み外掛けにてもたれ込んでの勝、ちなみに記すは先年横浜興行の際頂キと角力いて左踵の関節を脱したるが、昨日もまた脱して立つこと能わず、人に助けられて引込みたりと。
天ツ風高ノ戸は、左を泉川に懸けられ一心に解きしが、又々懸けられ勝手悪しと振り解きて逃げんとするを、天ツすかさず送り出して勝を占む。
頂キ谷ノ川は、左四つにて挑みしが頂キは左の差し手を抜き替え釣らんと一寸体を落す途端、は浴びせたるためは腰砕けて同人に似合わぬ負を取れり。
響升鬼竜山は、の突きと出足の進むには身受となり土俵少なになってようやく突き返したるが、再びの突きにの体は飛び出したり。
大見崎小松山は、突き合い手四つとなり大見突き込んで小松の浮き身を右の手に払いしため小松は尻もちを突きたるは笑止なりし。
外ノ海當り矢は、激しく突き合い受け身にて逃げ廻り、早や土俵も余地なきよりは廻り込み差し手を突き込みもたれ込んでの勝は大出来なりし。
北海大蛇潟は、右四つにて空き手は巻き合い、より下手を打ちしがは残して上手に打ち返しの勝は機に応じたり。
常陸山不知火は、不知は潜って右に前袋を引き左を筈にかって押し切らんとすれば、は左を撓めて振り落とさんとするも、不知はよく防ぐより面倒と蹴落さんとすれば不知は体を伸ばして効かせず、また振り倒さんとするうち不知の撓められし腕は青ざめ来りしより水となり、のちしばし呼吸を考えは首投げを打ちたるが不知は踏ん張りしよりは左を引掛け捻り出しての勝なるが、不知はなかなかよく角力いたり。
出来山海山は、出来二本を差しは左を巻き右は上手より巻きて筈にかい、の首投げ出来の下手投げ共に決まらず水となり、のち取疲れて引分は出来分けを待ちしが如し。
梅ノ谷朝汐は、好取組の事とて場中は割るるばかりどよめき渡りけるうちに両力士はスゲなく立ち合い、手先の競り合いより左四ツとなり、右前袋を取って二度右上手を打ちしため実に危うかりしが、廻り込んで辛くも寄り返せばは必死となりて又寄りて右上手を打ちしよりまたまた危うかりしが、遂にもたれて勝ちを占めたるは当日第一の大相撲にて場中暫時は鳴りも止まざりし、この勝負にてが働きは非常なるものにて敗は取りたるも大関の真価は落さずと人々言い合えり。
小錦鬼ヶ谷は、突き出しての勝は角力にならず。
・中入後、八剣は、左を差して寄るをは詰めにてウッチャリの勝は上出来なりし。

○大場所打揚げ後の東西力士
・目下回向院にて興行中の東西力士は、同所打揚げ後合併にて上州前橋に赴き同地にて五日間興行して帰京し、再び回向院に於て二日間好角同志会の相撲を興行し、それより横浜に於て合併大相撲を催し、それより既記の如く各組分かれ分かれになりて地方へ赴く由なるが、近来各県とも米価下落と地租増徴にて景気悪しければ、力士を買い込みて興行する者少なかるべしという。

大入り満員の七日目。淡路洋という力士はずっと十両にあってこれと言った得意技などは無いようですが、頭髪が薄いことではたかれにくいという利点があるようです(;・ω・)嶽ノ越はカカトというか足首でしょうか、脱臼癖がついてしまったようで負傷、翌日から休場となってしまいます。入幕を目指して好調だっただけに悔やまれます。不知火は常陸山戦で非常によく粘りましたが勝機を掴むには至りませんでした。常陸山土つかず。梅ノ谷vs朝汐も双方土つかずの大一番、朝汐が攻めて行きましたが若い梅ノ谷が体格を生かして勝利。敗れた朝汐も大関らしい立派な相撲内容でした。
明治32年春場所星取表
posted by gans at 09:48| Comment(0) | 大相撲