2013年05月07日

明治32年春場所八日目 (朝日新聞/明治32.1.17)


○回向院大相撲
・昨十六日(八日目)は午前十時頃すでに客止めとなり、花道はもちろん力士溜りさえ観客割り込みて実に寸地を余さず、足を踏み頭を越えて通行する程の雑踏にてありし。
嵐山大戸川は、左を差して寄り切りの勝。
綾渡小武蔵は、左四ツにて互いに右足を取りて釣り倒さんとクルクル廻って遂に小武の勝を占めたるは毎度面白き相撲にてありし。
栄鶴緑島は、の右差しをは上手に巻き、空き手は殺し合いの出し投げを危うく残し寄る鼻を捨て身にての勝は見事なりし。
朝日龍岩ノ森は、突き出しでの勝は呆気なし。
荒鷲八ツ若は、左を差して寄るを頭捻りにての勝は当然。
立花玉ヶ崎は、左を差して寄りは支うる力なく負。
最上山大嶽は、左相四ツにて足癖を試みしが伸びて効かせず、遂に寄り倒して最上の勝。
照日山熊ヶ嶽は、の左差し右筈にかえばは右を絞りて左をのど輪に当て押切ての勝は力づく。
野州山緑川は、二本を差しは上手二本に横ミツを取って挑み、釣り身に行くを振っての勝は面白し。
鶴ノ音錦山は、左四ツにて寄り切りの勝も呆気なし。
朝日嶽御阪山は、は左を差しは左を筈にかい右を巻きは上手を打ち、残されてまた出し投げを打ちしが、朝日は辛く残しすぐに釣っての勝は見栄えありし。
高見山稲瀬川は、敵の左を取って泉川に懸け一斉に押し切らんとすれば、は踏張って耐える余地なく腰砕けての勝ち、これにても入幕の回復も出来しならん。
當り矢増田川は、烈しく突き合い二本を突き込み寄り倒しての勝。
松ヶ関八剣は、右相四ツにて水となり、のち取り疲れて引分。
小松山千年川は、小松右を差し寄るを渡って残し、右を突き込み相四ツとなりて暫時挑み、より寄り身に行く出鼻を捻って小松の勝はこれ迄の出来なり。
高ノ戸越ヶ嶽は、の右二の腕を支えて防ぎ左は筈にかって受け身となりしが、はそのまま押し切らんとする勢いの烈しければ、外さんと逃げ身に飛び去り自ら跳ね出でての負けは毎度ある失敗、少しく慎むべし。
狭布里稲川は、右四ツにて挑み差し手を抜き右筈にて押切らんと体を引く途端に寄り返したれば再び右を強く突き込みしが、ここに隙ありては右外掛けにもたれての勝ち。
不知火若湊は、待った数回にて例のドッコイと立ち上り、行司の団扇を上げるやいな一突きに突出してドンと言えば不知は未だ立たずと主張せしより紛議起こり、各検査員総立ちとなりて東西へ交渉の末無勝負に落着したり、詳解せば病気休み同様星取に算入せざるなり。
谷ノ音源氏山突き手を撓めんとするもは払ってすぐ左より右四つとなりより右上手を打ちしが、踏張って効かせず、またより上手を打って足癖にて防ぎつつ同体に落ちしが、より仕掛たる角力なれば団扇はに上りたるが物言い付きて預り。
鬼ヶ谷逆鉾は、の左を手繰ればは預けて突き出しての勝ち。
大砲朝汐は、は左を差し左は敵の差し手を防ぎて揉み、のちは猿臂を伸ばして左を差し右前袋を取らんとするもは引き外して攻め合い水となり、のち暫時挑みしが勝負付かずして引分は大相撲なりし。
・中入後、鬼竜山金山は、突き合いの左を引張りは耐えて廻る途端、腰砕けて尻もちを突く。
谷ノ川天ツ風は、左四ツにて挑み釣り身にて寄るを天ツ詰めを渡って危うく残したるも、浮き身にて体の据わらざればたちまち寄られの勝ち。

引き続き大入りの八日目です。幕下の綾渡vs小武蔵はお互いに足を取り合ってクルクル回るという珍相撲、力士の体格が肥満していなかった時代ならではです。不知火vs若湊は、立合いが成立したかどうかで揉めてしまいました、仮に不成立であれば取組が始まっていないことになるので預かりという裁定にもならず、結局取組そのものが無かったことにされてしまいました(;・ω・)両者とも土俵に上がっているのに「や」となってしまった珍しいケースです。逆鉾は速い攻めで6勝目、体重80kgほどの小兵ながら関脇として堂々たる成績を残しています。
明治32年春場所星取表
posted by gans at 22:02| Comment(0) | 大相撲
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